【日本まち物語】第61回　手筒花火、発祥の地(愛知県豊橋市)

■「天下一」の花火

東三河の手筒花火は、火薬を詰めた竹筒を人が抱えて火炎を吹き上げる(=放揚)神事として伝承されてきた。1558年、吉田城下の吉田神社の祭礼が起源とされている。吉田は当時の地名であり、明治時代に豊橋に改称された。

花火は、戦乱が収まった江戸時代に火薬の使い道の一つとして普及した。吉田で花火が盛んになったのは、徳川家康が出身地である三河にのみ火薬の製造を認めたことが理由とされる。宿場町で揚がる勇壮な花火は、東海道を往来する人々を魅了し、全国に知られるようになった。滝沢馬琴は随筆に「吉田の花火は天下一」と記した。

豊橋観光コンベンション協会・大谷政道常務理事に今の手筒花火について聞いた。

「7月に開催される吉田神社の豊橋祗園祭が有名ですが、『炎の祭典』と名付けた大きなイベントも11月頃に開催されます。他にも、春から秋にかけて行われる集落の祭りで手筒花火は奉納され、その数は60カ所以上にもなります」

祭りで使用した後の手筒花火は、魔除けになるとされている。商店の入り口などまちのいたる所で火薬の焦げ跡が残る竹筒を見かけた。

三河伝統手筒花火連合会の浅井孝之会長に、手筒花火の流儀を聞いた。

「手筒花火は18歳になれば誰でも揚げることができます。ただし、自分が揚げる手筒は自分で作ることがルールです。流儀は集落によって多少の違いはありますが、黒色火薬と鉄粉に焼酎を加えて練り合わせるのが基本です。竹筒はまっすぐで真円であること。長さは約1㍍、直径は10㌢㍍程度が標準です」

竹筒は火力で割れないように荒縄などを幾重にも巻き付ける。火薬は威力の弱いものから強いものへと順に詰めていく。鉄粉は発色を良くするために使う。

浅井会長の放揚歴は40年以上。「炎は生き物です。炎を思い描いた姿にするのは容易ではありません。それゆえ毎回、どうすれば理想に近づけるかあれこれ工夫します。火薬の調合など仕込みの段階が一番の楽しみです」

炎は10㍍もの高さに立ち上がり、大量の火の粉が降り注ぐ。最後は轟音とともに竹筒の底から炎が一気に噴き出す。これをハネという。筆者はまだ映像でしか見ていないが、それでもその迫力には圧倒される。実際に揚げた時の様子を浅井会長は、「緊張するのは点火。ちゃんと火が付くかいつも心配です。火の粉はあまり気になりませんが、手筒を抱えている側の右頬には熱さを感じます。ハネると視界は真っ黒闇になり、音も消えます。その瞬間が醍醐味です」と話す。

〇まちのシンボル路面電車創業100周年

路面電車(豊橋鉄道東田本線)を運行する豊橋鉄道は大正時代に設立され、今年100周年を迎える。まちとともに歩む路面電車を、市民は親しみを込めて市電と呼ぶ。

市電は主に赤岩口行きと運動公園前行きがあり、総営業距離5・4㌔㍍に5車種16両が運行する。最新車両は2008年に導入した次世代型路面電車(LRT)のT1000形。導入に向けて市民団体「とよはし市電を愛する会」が結成され、導入費の1割強が市民の募金で賄われた。

LRT以外の車両は、名古屋や岐阜などで活躍していた車両を譲り受けたもの。スタイリッシュなLRTとは対照的な古参車両ならではの懐かしい風貌が魅力だ。

始発停留場はJR・名古屋鉄道豊橋駅東口にある。筆者が乗った車両はラッピング広告が施され、見た目には古さを感じさせないが、車齢は70年近くになる。チン、チンと鳴らす発車ベル、出発時のモーターのうなり、ゴトン、ゴトンと響く車輪の振動に風情が漂う。

■駅前に賑わいを

電車は駅前大通を進んだ。この辺りにはかつてデパートや映画館などが立ち並び活況を呈していた。近年、郊外に大型ショッピングセンターが出現する一方、駅前は商業施設の撤退が相次ぎ空洞化が進んだ。そこで市は中心市街地活性化基本計画を掲げ、駅前周辺のにぎわい創出に乗り出している。

駅前大通の名豊ビル跡地に2021年秋竣工した複合施設「エムキャンパス」と「豊橋市まちなか広場」は、地域の官民が連携して取り組む再開発事業の一部が先行オープンしたもの。

エムキャンパスには、農業が盛んな東三河の強みが生かせるよう、食、健康、学びを切り口に関係者をつなぐ交流空間が整備された。これまでに百万人を超える来場者が訪れている。フードフロアでは地域産品の販売を中心に、東三河の食の魅力を発信。市内の農家と飲食店・菓子店による新メニューのお披露目会などが好評を博している。さまざまな試みが新たな人の流れを生み出し始めている。

この再開発事業には地権者の1社としてサーラグループが参加している。フードフロアを運営する中部ガス不動産総務・企画チームの西前正興リーダーは、「ここは地域の価値を発信する場所。誰もが主役になれ、あらゆるつながりを生み出すまちの拠点にしたい」と話す。

エムキャンパスは今秋、全ての施設が完成する。賑わいの創出に弾みが付くことを期待したい。

■急カーブ日本一

市電は4つ目の停留場・札木の先で右折した。ここからしばらく国道1号を走る。近くには手筒花火発祥の地・吉田神社がある。次の停留場は市役所前。市役所隣の豊橋公園には豊川を背にする吉田城址がある。天下を制した豊臣秀吉は三河の徳川家康を関東に遠ざけ、配下の池田輝政を吉田城主に据えた。この時代に本格的な城下町が整備された。豊橋の地名は、江戸幕府が管理していた豊川にかかる東海道の吉田大橋に由来する。

さらに進んで井原停留場を過ぎると右折した。このカーブ(軌道半径11㍍)が日本一急だと聞いていたので身構えていたが、スムーズに曲がり切った。

沿線には学校が多く、車内にも学生の姿が目立つ。豊橋鉄道には利用者から思いがけない相談も来る。「結婚を控えたカップルから車内で写真を撮ってほしいとの依頼がありました。思い出が詰まった通学電車を結婚式で披露したいとのことでした」(八木孝佳鉄道部運輸営業課係長)。二人が出会った当時駅員だった八木さんは、「その場面に居合わせたかもしれないと思うと嬉しくなりました」と振り返る。長坂和俊鉄道部次長は、「運転士をしていた頃、毎朝決まった時間に乗ってくる行商のおばあさんたちと親しくなりました。人とのつながりができるのはローカル鉄道ならではです」と話す。

■おでんしゃ

市電には貸し切り電車がある。沿線の挙式場から参列者をホテルの披露宴会場まで運ぶ「婚礼電車」や、車窓からの街並みをつまみにビールを楽しむ「納涼ビール電車」、走る屋台「おでんしゃ」などがそれ。昨年は市内の大学のプロレス同好会が走行中の車内でプロレス興行を行った。市電のプロレス列車は全国初とあって注目を浴びた。今年も開催する。「これからも地域の活性化に役立てるよう、ニーズに応えていきたい」(総務部丹羽一義係長)としている。

冬季限定のおでんしゃには赤提灯が吊るされ長テーブルが置かれる。所要時間は約90分。生ビールに地酒、ヤマサちくわの特製おでんが楽しめる。筆者は現地入りの数週間前に予約を試みたが既に完売だった。年々人気が上昇しており、遠方からの問い合わせも増えているという。

■名産ちくわ

地元の方々が絶賛するヤマサちくわを味わうため、豊橋駅近くの居酒屋「広小路でんでん」に向かった。ヤマサちくわが運営する炭とおでんの人気店だ。

ヤマサちくわの創業は1827年。吉田城下で魚問屋を営む佐藤善作氏が三河湾で上がる魚を原料に作り始めた。他所のちくわと簡単に見分けが付くように、真ん中だけをきつね色に焼き上げ、両端は白いままにした。関東のおでんでよく見かける丸い焼き斑点を付けた大ぶりの「ぼたんちくわ」とは、見た目も食感も異なる。

でんでんでは、工場直送のすり身を使った「握りちくわ」のあぶり焼きが体験できる。豊橋のちくわは、わさび醤油などでそのままいただくのもおいしいが、焼き立ての食感、風味はまた格別だ。

ヤマサちくわ営業推進室の湯浅亮室長においしさのわけを聞いた。「主要原料のグチ、エソ、ハモは、四国、和歌山の漁師から新鮮なものを直接買い付け、それらを御影石の臼で丁寧に練り上げます。素材の違いや、気温、天候の変化に合わせて塩加減します。練り具合から焼き加減まで職人が手間を惜しまず作ります」。作り立ての商品はその日のうちに店頭に並べる。おいしい商品を消費者に届けるため、同社は製造から配送、販売まですべて自社で行う。それゆえ販売店は主に東海4県にとどめている。(大喜多輝雄)

〇わがまち自慢農産物の恵み/忰山誠さんサーラエナジー東三河支社長

豊橋は、JR・私鉄計6路線に、東名高速道路や国道1号線などが行き交う交通至便な場所です。三河港は輸入車陸揚げ日本一で、その記録は30年間破られていません。古くは城下町、東海道の宿場町、湊町として栄えた歴史があります。

穏やかな気候と豊川用水のおかげで東三河は全国有数の農業が盛んな地域です。大葉やキャベツなど新鮮な農産物に恵まれています。この時期は五角形の次郎柿が「合格柿」のネーミングで人気です。ウズラ卵の生産は日本一。どの家にも黄身を崩さず取り出せる専用はさみがあります。

今では珍しくなった路面電車が元気に走っています。市民に愛されており、ドライバーも市電には優しい運転を心掛けています。郊外には信仰の山・本宮山や、豊川稲荷、動物の生き生きとした姿が観察できる動植物公園「のんほいパーク」があり、隣の蒲郡は県内一の深海魚の水揚げを誇ります。お土産には絶品「ヤマサちくわ」がお勧めです。

愛知県豊橋市は、県東南部の東三河地域の中心都市だ。日本のほぼ中央に位置し、陸海交通の要衝として発展してきた。今回はこのまちを発祥の地とする手筒花火と、県内唯一の路面電車にスポットを当てる。