国際ガス市況は2020年以降、極端な乱高下を繰り返している。昨年夏は欧州のガスパイプライン価格(TTF)が3カ月で約4倍に跳ね上がり、百万BTU(英国熱量単位)当たり100ドルに肉薄した。今春の反落場面では7ドル台の安値を付け、最近は中東情勢の緊迫化を受けて16ドル前後に上昇している。エネルギー・金属鉱物資源機構・白川裕調査役は26年までは需給がひっ迫し、急騰しやすい状態が続くと見る。供給を安定させ、価格を適正化させるには新規プロジェクトを滞りなく立ち上げる必要があるが、買い主の長期的な支えが欠かせないと指摘する。
ロシア・ウクライナ戦争を境に、欧州はLNG市場で存在感を高めている。戦前の欧州のLNG輸入量は年約7500万㌧程度だったが、ロシアからのパイプラインガス輸入をLNGの調達に切り替えた昨年は前年比1・6倍の約1・2億㌧に急増、世界のLNG貿易約3・9億㌧の3割に及んだ。注視すべきはこの追加需要の大部分がスポット調達によるもので、世界のスポット取引の半分近くを欧州が買い占めたことになる。このため価格が上昇し、新興国が買い負けている。問題はこの構図がしばらく続くという点だ。
LNG市場は26年にかけて綱渡りが続く。小さな供給トラブルでもスポット価格は上昇しやすい。ただ、救いは欧州のガス需要が減少していることだ。今年はピーク比約2割減の3・2億㌧程度になりそうで、このため欧州の地下ガス貯蔵量は過去最高水準に積み上がっている。この冬が厳冬でなければ在庫の根雪部分が厚くなり、当面ガス不足に陥る事態は回避できそうだ。消費が減少しているのはガス価格の高騰が響いているためで、需要はしばらく弱含みで推移しそうだ。
欧州のLNG輸入の先行きを占ううえで、来年秋の米国大統領選挙の行方も注目される。ウクライナへの支援中止を標榜する共和党が勝てば、戦争を収束させる力学が働き、ロシアから欧州へのパイプラインガス供給が一部復活する可能性がある。いざという時にもLNGでカバーできる年3000万㌧程度まで復活すれば、引き締まり感は後退しよう。
●海峡封鎖は影響大
目下のリスクは中東情勢の緊迫化だ。イスラエルとハマス過激派が戦闘状態に入り、イスラエル沖合のタマルガスプロジェクトが生産停止を一時余儀なくされた。このガスの一部がエジプトに供給され、LNGの原料に使用されていたことへの影響が懸念されたが、エジプト自身が既にガス不足に陥り、生産停止に至る以前からLNGの輸出を停止していたという点で、本件は中東リスクというより同国固有の問題とみなせる。
むしろ留意すべきは紛争地域が拡大するリスクだ。1967年に勃発した第3次中東戦争勃発では、1975年までスエズ運河が閉鎖され原油輸送が途絶えた。LNGの大動脈であるホルムズ海峡に機雷が敷設される事態にでもなれば影響は深刻だ。この海峡を通るカタール、UAE(アラブ首長国連邦)のLNGは世界貿易の約4分の1を占める。ロシアから欧州へのガス供給は半年かけて段階的に減少したが、急停止となればショックはより大きい。
●28年以降、供給過多に
米国、カタール等で新規プロジェクトが立ち上がる27年以降、市場の引き締まり感は徐々に薄らいでいく。28年になると欧州の追加需要に新規供給量が追い付き、過去最大級の供給過多に転じていく。スポット価格は下落し、価格競争力に劣る米国産LNGにはキャンセルが発生しよう。
ロシア・ウクライナ戦争以前、世界各国はスポットLNGの調達を増やし、その割合は22年の世界平均で35%に達していた。同戦争を境にスポット調達を増やした欧州は割合が47%に達した。
エネルギー安全保障が重視される現在は長期契約が見直されており、スポットの割合は目先低下する可能性があるが、28年以降はスポット価格が大きく下がり、割合は再び高まると予想される。これまでの延長線上で行けば、31年には50%に達する。
スポットと長期契約による調達コストを比較するため、10~22年の13年間を検証した。平時と位置付けられる10~20年の期間は、長期契約価格が平均10ドル、スポットは9・7ドルと差はほとんどなかった。両者は短期間で比較すると顕著な違いを見せるが、長期間でならすと水準が一致してくる。長期契約の価格はスポット価格を後追いで反映するため値差が収れんすると見られる。
一方、21~22年の緊急時では、長期契約が10ドル、スポットは26・2ドルと差が開く。スポット調達のリスクはボラティリティ(価格変動率)の大きさにあり、今回の検証でスポットのボラティリティは平時なら長期契約の2倍程度だが、緊急時には約8倍に達することがわかった。安定した価格で確実に入手できる長期契約の利点が今改めて見直されるゆえんだ。
●欧州への提言
ウクライナ戦争以降のLNGスポット価格の高騰は、ロシアにガスを依存し過ぎていた欧州のエネルギー政策の失策が招いたとの指摘がある。欧州は当面スポット市場から毎年約5000万㌧を吸い上げる見込み。これにより価格は高止まりし、世界は26年までに累計2700億ドルもの損害を被る見通しだ。
LNG市場を安定化させていくには、新規プロジェクトをコンスタントに立ち上げていく必要がある。それには長期契約が欠かせない。
長期契約の期間は従来、20年間は必要とされてきた。だが、カーボンニュートラルへの移行を視野に入れなければならない今、買い主は期間短縮を求めている。国際エネルギー機関(IEA)は、10年契約に短縮した場合の契約価格は20年契約の1・2倍に上がると試算する。欧州の買い主がこれを受け入れると追加需要分の支払い総額は1400億ドルに及ぶ。もっともこの額は前述した世界が被る損害額の半分程度。欧州は契約価格が1・2倍になっても長期契約を結び、プロジェクトの立ち上げに貢献してほしい。さらに長期契約の最低目標設定や、地下ガス貯蔵在庫の下限目標追加といった安定化対策にも期待したい。
【中東緊迫受け市況上昇、中国がアジアの成長をけん引】
LNG市場動向について、スポット価格の査定を専門とするプラッツ(S&Pグローバルコモディティインサイツ)のシニアエディター・アジア太平洋LNG担当の河崎厚子氏とグローバルLNG定量分析主任研究員のロス・ウェイノ氏に聞いた。
◇◇◇
――2023年のLNGマーケットの動きで目に付いた点は。
河崎北東アジア向けLNGスポット価格(JKM)は、今年1月3日に付けた百万BTU(英国熱量単位)当たり23・901ドルが最高値となり、6月にかけて下落が続き、同月7日の8・399ドルが今年の最安値となった。
価格下落の背景にはLNG市中在庫の高止まりがあった。北東アジアの電力・ガス会社などの最終需要家は、ロシアとウクライナの戦争によって引き起こされる潜在的な不確実性に備えるため、2022~23年の冬シーズンが到来する前に在庫を十分に高く積み上げていた。結局、この冬は暖冬になり、ガス消費は振るわず、一方で戦争に関わる供給側の混乱も生じなかったため、市中在庫は夏まで高止まりが続き、スポットLNGのニーズは低調に推移した。
もっとも6月に安値を付けた後は、徐々に下値を切り上げてきている。8月には西豪州のLNGプロジェクトでストライキがあり、10月にはイスラエルで中東紛争がぼっ発した。これらによる供給面への影響が懸念され、10月中旬に19ドル台まで上昇、最近は17ドル台で推移している。前年同期と比較すると3割ほど安いが、それでも歴史的に見れば高水準だ。
豪州のストはその後、労使交渉がまとまり、供給減少への懸念は解消した。だが、中東情勢は依然として予断を許さない。イスラエル産ガスを原料とするエジプトからのLNG出荷が止まっているが、紛争地域が拡大すれば影響はより大きくなるだけに、動向が注視される。
当社の価格評価システム(プラッツLNGマーケット・オン・クローズ)によると、アジア向けのスポット取引はこうした状況を映して、今年半ば以降活発化している。取引件数と取引数量は第3四半期(7~9月)に記録的な高水準に回復した。
――LNG需要動向の地域別の特徴は。
河崎アジアでは、香港、フィリピン、ベトナムが今年からLNGの輸入を開始した。
中国の今年のLNG輸入量は、コロナ感染防止ため厳しい行動規制で経済活動が委縮した昨年からは一転して回復傾向にある。
一方、日本の輸入量は在庫高と価格高騰の影響で昨年を下回っている。韓国の需要も、高水準の在庫と原子力発電所の出力増加によって低調だ。台湾も、価格高騰の影響や、景気低迷に伴う電力需要の伸び悩みにより、昨年を下回っている。
半面、インドの今年1~10月のLNG輸入量は昨年を上回っている。同国のLNG需要は価格に敏感に反応する。今年のLNG価格は歴史的に見れば割高な水準ではあるが、昨年よりはかなり下がっている。
一方、欧州諸国はパイプラインによるロシアからの天然ガス輸入を取り止め、LNGによる調達に切り替えている。地理的に近い米国からの輸入を増やしており、今年は米国産カーゴの約70%を欧州諸国が輸入している。
――供給国としての米国の存在感が際立っている。
河崎昨年6月に火災を起こして操業を停止したフリーポートLNGは、今年第1四半期(1~3月)にLNGカーゴの出荷を再開した。米国産LNGの出荷は、今年ここまでのところ昨年よりも増加している。
新規のLNGプロジェクトの操業開始は、今年は予定されていないが、来年後半にはプラクミン・パスLNGを皮切りに、「第3の波」と呼ばれる輸出プロジェクトの操業が相次ぐ見通しだ。
――来年のLNGマーケットをどのように展望しているか。
ウェイノスポット価格の水準がどうなるかについては申し上げられないが、来年の世界LNG貿易量としては、今年の推定値に対して約1%(80億立方㍍)増加し約5660億立方㍍になると予想している。今年の貿易量は約2%増加する見通しで、成長率はやや鈍化するだろう。
地域別には、アジア太平洋地域の需要が最も強く、同地域の輸入量は本年推定値比で約220億立方㍍増加(約6%増)する見通し。中でも中国の輸入量が約9%増と大きく伸び、アジア地域の伸びを牽引する。
米国からの供給が増加する一方で、アジア域内の生産は減少する。マレーシアと豪州からの輸出減が最も大きいと予想される。
【「三つの多様化」を推進/東京ガス竹内敦則原料部長に聞く】
2020年代に入り世界のLNG市場は激変した。ロシア・ウクライナ戦争がボラティリティ拡大に拍車をかけ、石油危機ならぬ「天然ガス危機」が初めて起きた。東京ガスの竹内敦則執行役員原料部長にこの間のLNG調達戦略を聞いた。竹内部長は同社が進める「三つの多様化」について説明。「トレーディングなしにはやっていけない時代に突入した」と指摘した。また、都市ガスの信頼性を維持するためにも、メタン漏えい対策を売主に働きかけていくことが大切だと述べた。(聞き手・片山浩樹)
●需給は26年度から緩和、トレーディングは不可避に
――この数年でLNG市場は様変わりした。
エネルギー市況の変調が始まったのは、ロシアによるウクライナ侵攻の1年以上前だ。まず2020年に新型コロナ禍で世界のガス・石油需要が急減し、4月にはJKM(北東アジア向けLNGスポット価格指標)が2ドル割れを記録。それが年末には、北東アジアの寒波や供給側のトラブルなどで、春先の底値から16倍以上となる32ドル超まで急騰する異常事態となった。
21年春には北東アジアの気温が高めに推移して大きく値下がりしたが、6月ごろからは地下貯蔵在庫が記録的な低水準となった欧州のTTF(欧州パイプラインガスのスポット価格指標)にさや寄せする形で再び大きく上昇し始めた。欧州の再生可能エネルギー電源の稼働減、ロシアから欧州へのガスパイプライン輸送量の減少も加わり、スポット価格が高騰。22年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まるとさらに拍車がかり、一時TTFは99ドルまで高騰した。昨年までのLNG市場は、まさにジェットコースターのような激しいボラティリティだった。
今年度に入ってマーケットは少し落ち着きを取り戻し、現在は10ドル台後半で推移している。要因の一つは、このボラティリティに対処すべく各国が地下貯蔵などの在庫を増やしにかかったことだ。1~4月が暖冬気味だったことも幸いした。もう一つは世界経済の弱さだ。中国は不動産不況に見舞われ、欧州もロシアからのパイプラインガスが減少したことでエネルギー価格が高騰し経済が低迷。特にロシア産のガスと中国への輸出に依存していたドイツは「欧州の病人」と言われるほどの苦境となっている。
――今後の見通しは。
ロシアから欧州へのパイプラインガスの途絶で、世界中のLNGが欧州に引き寄せられる状況は当面続く。そのため、ここ2~3年は少しタイトな市場になるとも見込まれているが、26~27年度からはカタール・北米などで新規プロジェクトが次々に立ち上がるので、需給は緩和の方向に向かうという見方が多い。
一方で、ガス価格が政治的な要因で動くようになってきていることにも注意しなければならない。例えば先日、豪州のLNG施設におけるストライキのニュースが伝わった際には、豪産LNGの主な輸出先である北東アジア向けのJKM以上に、欧州のTTFが跳ね上がった。イスラエルとハマスの衝突でもスポット価格は上昇したが、イスラエルからエジプト経由で欧州に供給されているLNGがあるとはいえ、その量は少なく、世界のガス需給に与える影響は限定的なはずだ。
――こうした環境変化に対応した東京ガスのLNG調達戦略は。
もともと東京ガスは、調達先の多様化、契約条件の多様化、商流の多様化という「三つの多様化」を進めてきた。これが当社のLNG調達戦略であり、ロシアによるウクライナ侵攻の前後で全く変わっていない。
調達先の多様化は、特定の国や産地、売主に偏らないようにリスク分散を図ることだ。これはかなり進んできてはいるが、より適切な分散化を引き続き模索している。
契約条件というのは、長期契約の価格フォーミュラや受け渡し条件などを指す。代表的な価格フォーミュラは原油価格リンクだが、ヘンリーハブ(米国のガス価格指標)リンクや、長契・スポット比率の最適化も追求している。
受け渡し条件には、FOB(本船渡し=買い手が手配したLNG船に積み込んだ時点で引き渡し)やDES(仕向け港着船渡し=指定された輸入港での引き渡し)などがある。持ち届け契約であるDESの方が、売主側がさまざまな安定供給のための対応を担う面では楽だが、フォースマジュール(不可抗力)を宣言されてしまうと打ち手がないという側面もある。自分で取りに行くFOBなら、買い手がLNG船をある程度コントロールできるので、ほかの所へ探しに行くこともできる。
東京ガスは、FOBとDESの長期契約をコミットしている。もう少しFOBを増やしたいが、DESにもメリットがあるので、バランスが大事になる。仕向け地条項の撤廃も契約条件の多様化の取り組みの一つだ。もっと細かい話では、年間引き取り数量の柔軟性(契約数量に対して、買い手が一定の幅で引き取り数量を増減できる条項)も多様化の対象になる。
――商流の多様化とは。
調達先を多様化していくと世界中のLNGプロジェクトにコミットすることになるが、それを全て日本の首都圏に持ってくるのが最適とは限らない。例えば、当社が米国東海岸で調達したLNGを欧州に需要を持つプレーヤーに渡し、彼らがアジアで調達したLNGを東京湾に持ってくれば「地域間スワップ」が成立する。お互いに航海日数が減るので、フレート(船賃)が節約できる。アジアのスポット玉が安ければ、自社で買ってきてもいい。
「季節間スワップ」というトレーディングもある。例えば12月受け渡しのスポット玉が安く、2月がとても高いとする。12月に買っておいて2月に売れば、配船調整等でさまざまな調整が必要となるが月間の値差が利益になる。
今まではLNGの産地から東京へ持ってくるだけだったが、こうしたスワップを組み合わせることで商流を多様化できる。経済的なメリットのみならず、LNG市場の流動性向上を通じて、世界的な市場の安定化にも寄与する。売主やトレーダーのネットワークに果敢に入ることで、いろいろな情報も得られ、セキュリティにも貢献する。逆に言うと、こうしたトレーディングの取り組みなしには、やっていけない時代に突入したとも言えるだろう。
――脱炭素の流れもある中で、上流投資に対する東京ガスのスタンスは。
基本は「ポートフォリオ経営」だ。さまざまな再生可能エネルギーやe―メタンといった脱炭素にも取り組んでいくが、LNG分野への投資も引き続き重要だ。
ただ、上流から中流にかけての投資についても、地域だけでなく、ガス田か、液化設備か、LNG船か、といった対象も含めて、多様な選択肢を追求していく必要がある。例えば19年に就航した自社LNG船「エネルギーイノベーター」は自立角形タンク(SPB)方式によって高い推進性能と低燃費を実現し、パナマ運河の通峡も可能な船型で、米産LNGの輸送にも活用されるなど、調達の多様化に寄与している。21年には日立LNG基地2号タンクも完成した。こうしたLNG基地や船、契約など多様なアセットを有効活用して最適運用と安定供給に取り組んでいく。
今後はe―メタンとの親和性という視点も出てくると思う。あるLNG液化プロジェクトへの投資を検討する際に「ここは将来的にe―メタンの輸出拠点となる可能性もある」となれば、それが一つの牽引車になるかもしれない。
●メタン漏えい対策は大切
――国際的にLNGサプライチェーンからのメタン漏えいが課題になっている。LNG産消会議では、JERAと韓国ガス公社、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が「CLEAN」というイニシアチブを発表した。東京ガスのスタンスは。
メタンの温室効果は二酸化炭素(CO2)の25倍以上に上る。低・脱炭素社会を目指す上でメタン漏えいは極力避けなければならない。売主に対しても、情報提供や、低減策をしっかりとるよう継続的に働きかけていく。都市ガスの信頼性を維持し、世界のトランジションエネルギーとしてLNGが役割を果たしていく上でも大切なことだ。
日本のガスパイプラインの漏えい率はほぼゼロに近い。これは日本の運用・技術として誇るべきことだ。こうした取り組みを海外に展開するという貢献方法もあるかもしれない。
――今まで政治的に安定しているとされていた豪州などでも、資源ナショナリズム的な動きが出てきた。
国内向けガス供給の不足が懸念される際に、LNG輸出量を四半期単位で制限できるよう、ADGSM(豪州国内ガス安全保障メカニズム)が2月に改正されたほか、CO2排出削減制度「セーフガードメカニズム」の改正法も7月に発効した。新規ガス田は、操業初日からCO2排出ネットゼロを求められることになった。
これまでの資源ナショナリズムは「自国の資源はまず自国で使うべきだ」もしくは「外国資本の言いなりにならず経済的に適正な価格で輸出すべきだ」という二種類だったが、新たに化石燃料に対する圧力や規制が加わってきた。地球温暖化対策の観点から「CO2を排出する天然ガスは開発・輸出すべきではない」という考え方だ。
幸い豪州と日本は経済的な結びつきも非常に強く、最近では食糧、エネルギー、軍事も含む安全保障全体で、お互いを必要とする関係になりつつある。きちんと膝詰めで議論できる相手だと思う。豪州にとってもLNGは国家収入の柱であり、現実解を探ってくるのではないか。政府とも緊密に連携しつつ、われわれ民間としても、しっかり交渉していきたい。
――ロシア・ウクライナ戦争では「天然ガス危機」が初めて起きた。今後LNG市場はどうなっていくのか。
かつて世界経済を支えたエネルギーは石油であり、LNGは当初日本・韓国・台湾の3カ国が主に使うニッチなエネルギーに過ぎなかったが、ロシアによるウクライナ侵攻で一気に世界政治の表舞台へ出てきた。それに伴い、石油同様にLNGも政治色を帯びてきた。こうしたパラダイム転換の中で、われわれはLNGを取り扱っていかなければならなくなってきている。
こうした流れは否定できないが、われわれにとってLNGは、今後とも自由に取引できるコモディティであることが望ましい。これは日本にとっても大事なことだ。政治的な影響があっても安定供給を担保するため、あらゆる面で多様化を進めチャネルを増やす努力を続けていく。
【LNGはCNに向け重要、今冬からSBL運用を開始/エネ庁】
カーボンニュートラル(CN)社会の実現に向け、移行期におけるLNGの活用の重要性が増している。一方で、紛争や自然災害などで供給に支障が生じ、市場が混乱する事態もしばしば起きている。資源エネルギー庁資源・燃料部の長谷川裕也・資源開発課長に、これからの「LNG」の役割等について聞いた。
◇◇◇
――LNGの役割は。
CNとエネルギーの安定供給の両立は必須でバランスが重要だ。S+3E(安全+供給安定性、経済性、環境性)の視点が欠かせない。
国の2030年度需給見通し(エネルギーミックス)の一次エネルギー供給において、化石燃料の割合は60%程度。30年断面でも相当程度は化石燃料に頼らざるを得ない。CNを推進する中で、移行期のエネルギーとして二酸化炭素(CO2)の排出量が低いLNG・天然ガスの役割は極めて重要だ。
4月のG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合では、CN社会実現に向け「多様な道筋」というフレーズが提唱された。CN実現に至る道筋は、各国が、自由な方法で実施するというものだが、その道筋においてLNG・天然ガスの役割は大きい。
再生可能エネルギーの拡大に伴う系統電力の変動を、天然ガス火力発電は調整役として担う。石炭等からのLNG・天然ガスへの燃料転換もまだまだ需要があろう。
ガスを切れ目なく使い続けるという視点からLNG・天然ガスの内数と言えるe―methane(e―メタン)にも注目している。これを日本一国だけでなく世界に需要を拡大していくこと、価格を下げることがポイントになろう。メタネーション技術で日本が先行しているうちに普及させることが大切だ。
――突発的に起きるLNG供給危機への対応は。
分散がキーワードだ。完璧なエネルギー源が無いように完璧な供給源もない。供給危機の引き金になるのは自然災害や施設の火災、セーフガードメカニズムのような政策、ストライキなどさまざま。これらに対応するには供給源を分散化させる必要がある。
――ガスの需要見通しはどうか。
IEA(国際エネルギー機関)の今年の年次報告書「世界エネルギー展望」では、天然ガス需要はアジアで年3~5%成長としているが、経済成長を勘案すると、より高い伸びが期待できそうだ。インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシアなどではCNに向け主燃料を石炭から天然ガスにシフトしていく。ただし、需要増加に伴ってスポット価格が上がっていくことも覚悟しないといけない。
――LNGの調達について。
中東での紛争を機に、LNGスポット価格が高騰した。スポット価格は価格変動が大きいという特徴がある。将来の需要増を想定すると、長期的な天然ガス・LNGの安定調達は欠かせない。最近は長期契約の重要性が認識されているが、その期間は10年から30年くらいまでさまざまだ。海外には安い再エネを用いてe―メタンを作れる場所がいろいろある。e―メタンの開発に時間が必要なことも踏まえると、超長期の契約を組み合わせていくことは有効だ。
――今年のLNG産消会議の手応えは。
紛争や大寒波など不測の事態に備えた「リザーブ」の確保について議論し、日本は今冬から戦略的余剰LNG(SBL)の取り組みを始めることを紹介した。生産終了井を活用した地下貯蔵や仕向け地フリーなど柔軟な契約も形を変えた「リザーブ」と言える。
LNGのセキュリティーを向上させるためにIEAの機能強化を盛り込んだことは重要だ。これにより不測の事態に際して適切なアドバイスや提言が期待できる。
――産消会議ではLNGバリューチェーンからのメタン排出削減を目指すイニシアティブ「CLEAN」が設立された。
世界的には欧米がけん引するメタン排出削減を目指す「グローバルメタンプレッジ」の動きがある。「CLEAN」はJERAとKOGAS(韓国ガス公社)が中心になり、JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)が支える形でスタートしたが、米国や豪州、欧州委員会もこのイニシアティブをサポートする共同声明に署名している。漏えいメタンを削減する第一歩として、規制ではなくボランタリーなアクションを後押ししていく。この動きを横展開してメンバーを増やしたい。都市ガスや電力業界もこの輪に入ってほしい。海外のガス会社も興味を持っていると聞く。今後は先進事例を共有するなど取り組みを広げていく。
【LNG燃料船を拡大、多様な船種で導入進める/商船三井】
近年、船舶用燃料としての利用が進むLNG。世界の物流機能を維持しながら、海運分野の脱炭素化を着実に進めていくためには、欠かせないエネルギーだ。商船三井は2050年のネットゼロエミッション実現に向けて、LNG燃料船の導入に戦略的に取り組んでいる。同社で燃料事業全体を担当する髙橋和弘執行役員に話を聞いた。
◇◇◇
――燃料の脱炭素化は大きなチャレンジだ。
当社は21年に公表した「商船三井グループ環境ビジョン2・1」で、50年までのネットゼロエミッション実現を目標として掲げた。船舶用燃料の転換は目標達成に向けた最重要課題だ。硫黄酸化物(SOχ)濃度の引き下げなど、従来の重油燃料についても環境規制の強化は段階的に進んでいたが、脱炭素社会への移行という遠い将来に向けて燃料を大きく切り替えることは、船舶燃料の世界にとって100年に1度というレベルの転換点だと受け止めている。
先は長いが、今すぐ取り組めるものからまず取り組むというのが基本的な姿勢だ。その意味で、世の中にすでに広く流通しているLNGは極めて有用で、一番の選択肢になる。欧州が先行していた港湾でのLNG供給インフラの整備も世界的に進んでおり、日本を含む北東アジアでもすでに53カ所存在ないし計画されていると言われている。
――LNG燃料船導入の具体的な計画は。
今年改定した環境ビジョン2・2ではLNG・メタノール燃料の外航船について、30年までに90隻というマイルストーンを設定している。当社が保有もしくは長期傭船している基幹船隊の1割以上を占める規模だ。LNG燃料船は建造費がかさむ一方、燃料コストは他の燃料に比べ相対的に安いと見通されており、大型船を中心に導入する方針だ。そのため、燃料消費量に占めるLNGの比率はさらに高くなる。
現在までに発注済みのLNG燃料船は27隻で、内訳は自動車専用船13隻、石炭や鉄鉱石などのばら積み船10隻、VLCC(大型石油タンカー)4隻。「BLUE」というシリーズ名を付けた自動車専用船は、今後順次竣工していく。他の船種でもLNG燃料を広く導入する方針で、例えばクルーズ船への導入も前向きに検討している。このほどグループ会社を通じて買収を決定したケミカルタンカー会社船隊にもLNG燃料船が含まれており、当社グループの船隊に加わることになる。
なお、海運業界全体でもLNG燃料船は着実に増えていく見通しだ。15年には63隻だったのが、23年には431隻まで増え、発注済みの船舶も110隻ある。今後も毎年、100隻以上のペースで導入が進むと見ている。
――内航船では、今年1月に国内初のLNG燃料フェリーが運航を開始した。
グループ会社が大阪―別府(大分県)間で航行するフェリー2隻が今年、LNG燃料を採用した新造船に入れ替わった。2隻のうち、日本初のLNG燃料フェリーとなる「さんふらわあくれない」がシップ・オブ・ザ・イヤー2022の大型客船部門賞を受賞するなど業界の評価は高く、旅客からも「黒煙がほぼ出ない」など環境面で良好な評価をいただいている。燃料のLNGは別府港で、九州電力から複数のLNGローリーを接続した独自の方式で供給を受けており、すでに200回以上の実績がある。
LNG燃料フェリーは大洗(茨城県)―苫小牧(北海道)航路でも導入を決定しており、25年から2隻が航行を開始する予定だ。LNGは当面は別府港と同様の供給方式で、北海道ガスや石油資源開発から調達する計画だ。ただ、LNGローリーによる供給を毎日行うことの作業面の負担が重いので、燃料供給船の導入なども検討していく。
――LNG燃料船は、その後のゼロエミッション燃料導入の布石でもある。
LNG燃料船は中長期的に相応の比率を占め続けるが、バイオメタンやe―メタンなどのゼロエミッション燃料に段階的に切り替えていく。これにより船舶は長期利用することが可能になる。並行して水素やアンモニアなどの利用も拡大する方針で、ゼロエミッション燃料の使用割合は30年に5%、ネットゼロエミッション船の数は35年に130隻というマイルストーンを掲げている。
他には風力の活用にも取り組んでおり、自社開発の風力推進装置「ウインドチャレンジャー」の搭載隻数は30年25隻、35年80隻を計画している。50年のネットゼロエミッションに向けてさまざまな技術を組み合わせて実現を目指していく。
――燃料転換のための社内体制も強化している。
環境対応の取り組みの重要性が増していることに対応し、燃料調達の組織と体制は段階的に拡充している。かつては燃料部として従来燃料の調達を主に担ってきたが、今年4月には燃料のグリーントランスフォーメーション(GX)を進め、さらに代替燃料に関わる事業に関与していく意思を明確にするため、燃料GX事業部に名称変更した。
燃料GX事業部は、燃料調達戦略、LNG燃料、ゼロエミッション燃料戦略の3チームで構成している。50年のネットゼロエミッション実現に向けて、各チームが連携して取り組みを進めている。