ウィズガスCLUB(構成団体は住宅生産団体連合会、キッチン・バス工業会、日本ガス石油機器工業会、日本ガス体エネルギー普及促進協議会)は10月25日、「暮らしの未来シンポジウム2023」をハイブリッド方式で開催し、約350人が参加した。「ガスで叶えるサステナブル×ウェルネスな暮らし」をテーマに子育て支援、健康、住宅、エネルギー分野における有識者4人が講演した。
<主催者あいさつ>
日本ガス体エネルギー普及促進協議会(コラボ)
小川慎介会長
(東京ガス副社長)
ウィズガスCLUBは人々の豊かで潤いのある暮らしの実現を目指して、住環境のさらなる充実・整備を進めることを目的とし、住宅関連事業者、キッチン・バスメーカー、機器メーカーおよびガス体エネルギー事業者の4団体により、2006年6月に設立した。この活動の一環として、毎年「暮らしの未来シンポジウム」を開催している。
今回は「ガスで叶えるサステナブル×ウェルネスな暮らし」と題して住環境や暮らし方、エネルギー分野から4人の有識者を招き、講演してもらう。
豊かな暮らしの実現に資する方策を提案してもらい、暮らしの未来を考える良い機会として参加者の事業や取り組み等の参考になれば幸いだ。
昨年に続き、会場とウェブ配信によるハイブリッド形式で開催する。会場では、休憩時にコーヒーブレークタイムを設けた。交流の場として活用してもらいたい。
<講演(1)・子育て家庭の住環境支援と豊かな暮らしの実現に向けて>
認定NPO法人びーのびーのは、地域社会の互助機能が失われ、密室育児になりがちな家庭を支援するため2000年に設立した。横浜市港北区で、親子の交流の場(地域子育て支援拠点)や認可保育所、多世代交流の場などを運営する。地域のシニアやボランティアの力を借りながら、地域で子育てする環境を作っている。子育てのスタートが豊かであることを応援したいという気持ちで日々活動している。
まずは子育て環境の現状をデータで紹介する。
少子化の原因の一つと言われているのが、性別役割分業観だ。内閣府の「令和2年度少子化社会に関する国際意識調査」によると、小学校入学前の子供の育児における夫婦の役割について、日本は「主に妻が行うが、夫も手伝う」が約5割に上る。一方海外では、例えばスウェーデンは「妻も夫も同じように行う」が9割を超え、これが常識になっている。
また新型コロナウイルスの影響等もあると思うが、子育てに対して否定的な感情をもつ親が増えている。首都圏の乳幼児がいる家庭約4千人を対象にした2022年のベネッセ教育総合研究所「第6回幼児の生活アンケート調査」によると、「子どもを育てるために我慢ばかりしていると思う」に対して「よくある」「ときどきある」と回答した人はこれまで4割程度だったのが6割に増加した。
ただ、プラスの面もある。総務省の「令和3年社会生活基本調査」によると、6歳未満の子供をもつ家庭における夫の1日当たりの家事時間は16年と比較して21年は増加しており、家事の分担が進んでいる。
こうした状況を踏まえ、国は子供や子育て中の方々の視点に立った政策を行うために23年4月に「こども家庭庁」を発足した。役割としては、「こどもまんなか社会」の実現に向けた司令塔、つまり総合調整役を担う。各省庁の縦割り構造を打破し、地方自治体や民間団体とのネットワークを強化することで、新しい政策課題や隙間事業に対応するという。
6月には「こども未来戦略方針」を閣議決定した。経済成長実現と少子化対策を両輪で促進するもので、今後3年かけて年間3兆円半ばの規模で取り組むとしている。
この方針には「子育て世帯への住宅支援の強化」が明記されている。若い世代は所得が少なく、子供がいる家庭でも狭い家に住まざるを得ないという課題がある。支援策として公的賃貸住宅を優先的に入居できる仕組みや、戸建てを含めた空き家の活用促進、子供の声や音などを気にすることなく住める環境づくりなどが盛り込まれ、実現が期待される。
●子育て支援はふるさとづくり
住宅の住み替えは、長子が5歳以下の子供がいる世帯の割合が大きいことが国土交通省の調査で分かっており、小学校に上がる前に住むエリアが固定される傾向にある。子供にとって、乳幼児期や小学生のころに住んでいたエリアには強い思い入れがある。私自身、地域で子育て支援に携わる中で、子供にとってのふるさとづくりだと感じる。
●親子の居場所拡充へ
今後期待したいのは、子供の声や行動が制限されないような住宅の供給、子育てや新婚世帯への優先入居制度の拡充、防音などの改修工事に対する補助金給付などだ。ひとり親家庭や経済的に困窮する家庭が増えていることもあり、居住支援の拡充、家賃の減免、公的住宅のさらなる優先入居なども必要だ。
豊かな暮らしの実現に向けたまちづくりのために、妊娠期から子育て家庭を支える地域づくりとコミュニティー施設を増やすことが重要になる。安心して出産ができ仕事と生活のどちらも満足できること、就学前の教育・保育や子育て家庭の支援策が充実している環境を構築しなければならない。加えて、生活支援も求められている。
われわれの運営する地域子育て支援拠点では、子供の発達に関する不安やパートナーとの関係などといった相談が寄せられる。こうした悩みや困りごとに対応でき、そして親子ともども居場所となる場を拡大させることが必要である。
今後はNPOと住宅業界が連携して支援できる取り組みを行っていきたい。
・奥山千鶴子氏NPO法人子育てひろば全国連絡協議会理事長認定NPO法人びーのびーの理事長
1985年筑波大学人間学類卒業、大手旅行代理店系の展示会等をマネージメントする会社に入社。2000年に地域の親たちと横浜市港北区にてNPO法人を設立し、主に乳幼児を育てる家庭への支援として区内3カ所の地域子育て支援拠点等を運営、07年には全国組織として子育てひろば全国連絡協議会を設立。国の少子化社会対策大綱や地方創生に関する検討会等の委員を歴任。現在、こども家庭庁こども家庭審議会臨時委員、内閣官房こども未来戦略会議等の委員を務める。
<講演2・子供から高齢者までの健康と活躍を支える住まいの条件>
WHO(世界保健機関)は2018年11月に、SDGs(持続可能な開発目標)の17のゴールのうち、3番(健康)と11番(まちづくり)の達成に寄与するとして、住宅における冬季の室温を最低18度以上に設定し、新築・改修時は断熱をすること、夏季は室内熱中症対策を実施すべきと勧告している。
私は14年度から国土交通省の「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」に携わっている。この調査では、断熱改修の前後を比較して居住者の健康への影響を検証した。
改修前の調査によると、日本の住宅はシングルガラスの窓で隙間風だらけ、床暖房はないといった低断熱住宅が多数を占め、WHOが勧告する18度を満たさない住宅は9割に上った。これは先進国とは言えない遅れた状況だ。調査を進めると断熱改修と居住者の健康に因果関係があることが分かってきた。
一つは血圧への影響だ。起床時の血圧を測定すると、断熱改修前は30歳男性の場合、室温が10度低下すると血圧が3・8ミリ、女性では5・3ミリ上昇することが分かった。80歳男性だと10・2ミリ、女性では11・6ミリ上昇することから、血圧抑制のためには特に高齢者や女性は室内を暖かくする必要がある。
一方で断熱改修後は、試算上、平均で3・1ミリ低下する。これは厚生労働省が掲げる、国民の最高血圧を4ミリ低下させるという目標数値に近い。厚労省は4ミリ下がると脳卒中での死亡者数が年間1万人、心筋梗塞等の死亡者数が年間5千人、合計1万5千人が減少すると推計する。住環境が変われば血圧の低下が見込めるため、多くの人命を救うことができる。
Non―HDLコレステロール、いわゆる悪玉コレステロールにも影響する。18度を下回る住宅では、18度以上の住宅(基準)に住む人に比べて1・7倍程度高くなる。心電図の異常所見も12~18度の住宅だと基準の1・79倍、12度未満の住宅だと2・18倍にもなるということが分かった。
さらに、高温入浴や長時間入浴などの危険入浴者数は、居間と脱衣所が18度未満の住宅では18度以上の住宅と比べて1・6倍になることが分かった。入浴中の溺死事故は交通事故死者数の2倍の年間5千人超であり、不慮の事故を防ぐためにも住宅の断熱改修が必要だ。
●疾病予防に床暖房を活用
子供や女性への健康リスクについても調査した。
子供に関しては小学生を対象に、住宅の室温と疾病との関係性について調べた。室温が17・8度と19・7度の住宅を比較すると、2度高いだけで風邪を引く子供は6割、病欠する子供は8割となった。感染症である中耳炎に関しては、冬季の居間の湿度によって変化する。予防に理想的な湿度は40%以上60%未満だ。これを基準とすると40%未満の乾燥した住宅では発症が3・1倍になり、60%以上の湿気の多い住宅では4・0倍となることが分かった。
冬季は灯油ストーブ等の暖房器具を使用する際、燃焼ガスとともに水蒸気も発生するため、結露して室内にカビが発生し、子供の疾病を招く原因となる。適度な湿度を保つためには断熱性能を高める必要があり、二重以上のサッシ窓や複層ガラス窓を導入することで結露とカビの発生を防止できる。さらに床暖房を導入すれば床の表面温度が高くなり、室温を必要以上に高くしなくても快適な湿度が保てる。断熱とともに床暖房を活用することが大切だ。
また女性の月経前症候群(PMS)の症状は住宅の暖かさと関連する。居間の床上1㍍の室温が約20度、床近傍室温が約18度であれば、床上1㍍の室温が約20度、床近傍室温が16度の住宅と比べ症状が7割となることが分かった。また月経痛も6割程度に抑制でき、足元を暖めることが効果的だとわかった。
●断熱改修5年後の効果
次に断熱改修を終えて5年経過した居住者の追跡調査の結果を紹介する。
血圧に関しては、断熱改修した住宅に住み続けることによる5年後の上昇抑制効果を検証した。その結果、断熱改修した住宅の居住者は未改修の住宅の居住者と比べ、最高血圧は平均で2・5ミリ下がった。
寝室の室温が断熱改修後18度以上に改善されると5年後の脂質異常症の発症は0・3倍という結果になった。脂質異常症はコレステロールなどの異常によって脳梗塞や心筋梗塞など重大な病気を引き起こすため、断熱改修で発症を未然に防ぐことが重要だ。
日本で800万人いると言われている夜間頻尿についても、就寝前に過ごしている居間の室温が18度以上に改善されると5年後の発症が4割に抑えられるという結果が得られた。
また、つまずき・転倒に関しては特に足元の室温の改善がポイントになる。午後6時から11時の夜間に床上1㍍の室温が19度以上、床近傍の室温が16度で過ごした人は、室温が19度未満、床近傍の室温が16度未満で過ごした人と比較し、5年後につまずき・転倒が発生する確率は約半分になった。今回の調査では床暖房を採用する住宅はほとんどなく、床暖房を導入していればリスクはさらに低減すると推測する。日本では、家の中でつまずいて転倒したことが原因で死亡する人は交通事故死者数に匹敵する年間約2500人に上り、住環境の改善が求められている。
●仕事の能率が向上
これまでは暖かい家が健康リスクを低減するという報告だったが、温熱環境によって仕事の成果も変わるという実験についても紹介したい。
コロナを契機に在宅ワークが増加したことを受け、断熱性が高い住宅と低い住宅では仕事の能率にどのような影響があるか検証した。
実験は断熱等級の異なる三つの住宅で行った。断熱等級とは、国交省が定める省エネ基準の一つ。住宅の断熱性能を1~7の段階で分け、数字が大きいほど断熱性が高いことを示す。等級2、等級4、等級6の住宅別に40~60歳代の男女計12人の被験者で実験した。
結果、断熱等級が4、6では、足元が暖かいため血流低下量が小さく皮膚の温度低下が抑制されること、心電図や脳波を測定し、自律神経や集中力の乱れが少ないことが分かった。また、被験者にマインドマップという連想ゲームを実践してもらったところ、等級2と比較して等級6の方が成績が良好だった。子供であれば家での勉強がはかどることで学校や就職先の幅が広がり、生涯年収に影響を及ぼす可能性がある。
このように子供から高齢者までの健康と活躍を支えることができる断熱性の高い住まいのニーズが高まっている。25年以降の新築住宅は断熱等級4以上が義務化されるが、健康リスク低減や仕事や勉強の能率向上のためにも、等級4にとどまらず等級6の住宅を目指してほしい。
・伊香賀俊治氏慶應義塾大学理工学部教授
1959年東京生まれ。81年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任。専門分野は建築・都市環境工学、博士(工学)。日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長等を歴任。主な研究課題は、「住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価」。著書に「“生活環境病”による不本意な老後を回避する―幸齢住宅読本―」等
<講演(3)・これからの住宅に求められる間取り・動線・設備とは>
2005年に神戸で開設した当設計室は個人経営でお客さまのペースに合わせ、主婦・母目線で住宅設計を行うため、特に共働きで子育て中の方に好評だ。インスタグラムに開設する「みゆう間取り相談室」では、これまで全国から約150件の相談を受けた。オンラインで話を聞いて2~3日のうちに提案するようにしている。情報があふれる今だからこそ対話を大事に、その家族に合った間取りを考案している。
家の要望で増えてきたのは(1)家事動線の良い間取り(2)洗濯は室内干しか機械乾燥(3)コロナ禍以降の習慣への対応(4)収納空間の充実(5)1階だけで暮らせる間取り―の5点が挙げられる。
家事動線については歩数を減らす、使う場所の近くに収納する、高さ方向の移動距離を短くする―といった点を意識すると良い。動線と動作を減らすと家事はラクになる。「洗濯物の一連の作業が1カ所でできる」「キッチンと水回りが近い」「帰宅してすぐに買い物やコート、かばんなどが片付けられる」「家事分担した時に作業しやすく片付けやすい」等の間取りをよくリクエストされる。ポイントは人それぞれ異なる家事の仕方や時間帯を把握すること。その家族にとって無駄な動きを作らないことが大切だ。
●乾太くんが人気
洗濯を干したい場所についてインスタで調査をしたところ、室内干しが52%、機械乾燥も15%おり、外干しは約3割にとどまった。ランドリールームについては設置したいとの声が8割超。洗濯時間は朝42%、夜45%と従来の概念が通じなくなっている。
ここで洗濯動線の良い2・5畳ほどの洗面所の例を紹介しよう。洗濯機の上に衣類ハンガー等の収納棚、天井には電動物干しユニット「ホシ姫サマ」(パナソニック)を組み込む。洗濯が終わったら竿を下げて干し、乾燥中は邪魔にならないよう上げておく。補助的に浴室乾燥も使える。乾いた衣類は洗面台の作業スペースで畳み、タオルや下着類は背面に設けた収納にしまい、その他の衣類は隣接するウォークインクローゼットに収める。洗面所内に掃除機も収納しておけば洗濯で落ちたほこりもすぐ掃除できる。
また、共働き世帯の拡大に伴い、ガス衣類乾燥機「乾太くん」(リンナイ)を望む声も多い。速乾性があり家事の予定を立てやすいと好評だ。アンケートでは将来的に衣類乾燥機を使いたいとの回答が使用中を含め7割を超えた。
コロナを経て、玄関の近くに洗面所やコート掛けを設置したいというニーズが高まった。洗面所は来客も入りやすい間取りにすることがポイント。当設計室では以前から花粉症に配慮し同様の提案をしており、これからも求められる間取りではないかと思う。
●3大収納空間
要望の多い3大「収納空間」は、(1)玄関土間収納のシューズクローク(2)ファミリークローゼット(3)台所のパントリー。(1)は土間収納にベビーカーやアウトドア用品、靴を収め、家族はそこを通って靴を脱ぎコートを掛け、かばん等を置いて玄関に出る「ただいま収納」が好まれている。(2)はアンケートで8割超が求める。
1階に主寝室のある間取りは意外にも若い建築主に好まれる。乳幼児がいると2階に上がって寝るのが大変だからだ。1階にリビングと一体に使える洋室を作っておいて、将来寝室にしたいという要望もあった。
●今後の間取り
今後一般的になると思われる間取りを三つ、紹介する。まず、洗面所は広めで収納付きか、洗面・脱衣所を分ける。洗面所と脱衣所を分けるのは家族に気を遣わせたくない、または洗面所を使う来客に脱衣所を見せたくないという理由だ。また、多様な洗濯の仕方に適用した間取りや、LDKの広さを確保しつつ収納空間を作ることも求められるだろう。
家事スタイルや設備は変化し続ける。ただ、最新のものが建築主に最適とは限らない。動線にこだわり過ぎて収納が減り、家族がくつろぐリビングやダイニングの居心地が悪くなるのも本末転倒だ。今後も建築主との対話を大切に、その家族に最適な間取りを一緒に考えていきたい。
・中川由紀子氏一級建築士事務所みゆう設計室代表
神戸でみゆう設計室を2005年に開設。育児・家事と仕事を両立してきた経験を生かし、丁寧なヒアリングで個々の暮らしに合わせた家事ラクで子育てしやすい間取りを実現。新築・リフォーム等の設計だけでなく、住まいの悩みや間取り相談も受け付けており、「みゆう間取り相談室」のインスタグラムのフォロワー数は1万3千人を超える。ホームページでは家事ラク間取りを公開。家事ラクな住まいやインテリアのコラム執筆・監修も行う。
<講演(4)・カーボンニュートラルwithガス>
今年はエネルギーに関して二つ、大きな動きがあった。一つは2月に基本方針が閣議決定され、5月に推進法と脱炭素電源法が成立したグリーントランスフォーメーション(GX)。もう一つは、G7の本会議を前に4月に札幌であった気候エネルギー環境大臣会合で共同声明に書き込んだ「2035年に温室効果ガス(GHG)を19年比60%削減する」という新目標だ。
GXとは、化石燃料をできるだけ使わずクリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動を指す。脱炭素でなくても低炭素でもいいというのがポイントだ。GXの実現へ、20兆円を国債で集め、先進的な企業や自治体に重点的に補助金として渡し、それを引き金に130兆円の民間投資を向こう10年間で呼び込み、合計150兆円の官民投資を進めるという筋書きを描く。
GHG目標については政府が掲げる「30年に13年比46%削減」をベースに多くの企業や自治体が削減目標を立てている。GHGは13年から19年までに14%削減されたため新目標は13年を基準年とすると66%削減となる。目標年次を5年延ばしたとはいえ、これは相当異次元な対策が必要で、例えば重油やコークスを使う工場は全部ガス転換するくらいのことが求められる。2年後ブラジルで開催予定の「COP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)30」に向け、来春策定の第7次エネルギー基本計画はこの目標を織り込むことになろう。
●主戦場は非電力
カーボンニュートラル(CN)への道は電力、非電力、炭素除去の3分野ある。電力は50年に全てゼロエミッション電源になる。既存の原子力に加え、火力では燃料が石炭からアンモニアに、ガスから水素に変わり、どうしても出てくる二酸化炭素(CO2)は回収して化学原料に使うか埋めることになるだろう。
ここで注意したいのは日本では全エネルギーのうち電気として40%、送配電ロスを引けば25%しか使っておらず、CNの主戦場は非電力であるということだ。第6次エネルギー基本計画では人口減の中、現状1兆キロワット時の電力使用量が50年に1・3~1・5兆キロワット時になるとの前提で電化率を38%と試算しており、小型乗用車の電気自動車化をはじめ非電力の電化をやりきったとしても、電力以外の熱等の利用がエネルギーの主流であることは変わらない。
非電力分野の基本的な技術は水素になり、大型商用車や船、飛行機等は水素や合成気体燃料を使うことになる。石油業界はCO2と水素から「e―fuel」を作り、都市ガス業界は合成メタン「e―メタン」を目指す。これらの合成燃料は使うとCO2が出る一方で既存のインフラがそのまま使えるという大きなメリットを持つ。排出されるCO2は直接炭素除去、植物の炭酸同化作用に頼ることになるためクレジット化の動きが重要だ。空中のCO2を直接回収し埋める「DACCS」という技術も期待される。
CN実現の最大の課題はコストだ。RITE(地球環境産業技術研究機構)が22年に発表した50年における電源別発電コストでは、現状1キロワット辺り13円に対し、再エネ100%では53・4円、その他の場合も現状の2倍近くかかると試算している。コスト削減にイノベーションは重要だが不確実性が高い。成果を期待できる既存インフラの徹底的活用を進めるべきだ。
●日本の取り組みが地球を救う
CNへ向け、日本固有の取り組みとして注目されるのがメタネーションと燃料アンモニアだ。メタネーションはCO2と水素から都市ガスの原料となるe―メタンをつくる技術。アンモニアについてはJERAが35年に石炭火力のアンモニア混焼率50%を目指しており、私も石炭火力は40年くらいで卒業できると思っているが、それまで石炭火力を使い倒す。両者に共通する既存インフラの活用という考え方こそが、地球を救うと思っている。CO2を多く排出している新興国は石炭火力比率が天然ガス火力の1・5倍超あり、急速にガス化を進めている。そのような国に対し、欧州のように化石燃料の廃止を迫るのではなく、石炭もガスも使えるように燃料転換を日本が支援するという考え方こそ有効だ。
ただし、水素もメタネーションも簡単ではない。水素は水素発電が具体化していないため肥料として既にサプライチェーンがあるアンモニアのような需要がない。一方のメタネーションは急がなくてはいけない。技術的ハードルが高いからとゆっくりしていると人口減に加え、電化が進行し、ガス需要自体が減るリスクがあるためだ。
水素社会へ明るい兆しはある。今年9月、JFEの溶鉱炉が1基停止し、水深20㍍超の埠頭と222㌶の土地が空いた。川崎から横浜には大規模ガス火力が7基ある。水素はガス火力への混焼から始まるため、大型船が入る港、タンクが置ける土地、需要先の3点セットがそろう川崎から水素化が期待できる。
需要サイドからのアプローチでは中京地区が先行する。製造業はサプライチェーンのカーボンフリー化が求められるが、中小事業者はどのように対応したら良いのだろうか。CO2を工場で回収し、オンサイトまたは水素とマッチングさせて地域でオンサイトメタネーションを形成し、水素とCO2を地域内で循環させるカーボンリサイクルをやるしかない。こちらの方が早く動き出すかもしれない。
●ガス産業の未来は
ガス産業の未来は複雑だ。30年までは低炭素化へ燃転が進み、確実に順風が吹く。しかし、35年ごろを過ぎると逆風が吹き始め、ガスのグリーン化が最終的に重要になる。
日本ガス協会はe―メタンを30年に1%、50年には90%導管へ注入するという高い目標を掲げる。ただ、一国民として本当にできるのか疑問に思うため、35年、40年の中間点の姿を明示してほしい。
メタネーションに関してはCO2の削減効果を事業者、利用者いずれに付けるのかの調整や国際認証の課題もある。一方でコスト高の主要因のグリーン水素を使わず、水とCO2からe―メタンを作り出す東京ガスと大阪ガスの革新的メタネーションの研究は要注目だ。実現すればノーベル賞もので50年にe―メタン90%も十分可能になる上、LPガスのグリーン化や合成液体燃料の開発も前進する。
●地域からのCN
グリーンLPガスには、開発のアプローチとして「C」(炭素)を合成する王道の方法の他に、「C」を多く持つバイオ燃料から触媒を使ってプロパン、ブタンで止めるという方法があるという。触媒の開発は必要だが、小規模という点でコミュニティーベースのLPガスの特性に合う。地域からのCNという発想は都市ガスにも石油にもSAF(次世代航空燃料)にもないLPガス固有のアプローチで、これもまたGXだ。
CNのためにはともかく熱に対してどう立ち向かうかが重要であり、ガス事業者の果たす役割が決定的に大きい。ただ、そこに至る道は都市ガスもLPガスも平たんではない。しかし、日本独自の取り組みでやりがいはある。日本で開発し、世界に広げていく。われわれが今やろうとしているのは人類を救おうとしていることだと強調したい。
・橘川武郎氏国際大学学長
1951年、和歌山県生まれ。東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、経済学博士。青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学イノベーション研究科教授を経て、2020年より国際大学国際経営学研究科教授、21年同大学副学長、23年同大学学長。東京大学・一橋大学名誉教授。
<ウィズガスCLUBの主な活動>
(1)政策提言
ウィズガス住宅の提唱
(2)情報発信
シンポジウムやメディア、イベント等を通じた情報発信
(3)環境貢献
高効率機器普及によるCO2削減と植樹活動への協力
ウィズガスCLUBは住宅、キッチン・バス、ガス石油機器、ガスの4業界が参加するコンソーシアムだ。都市ガス、LPガス、旧簡易ガスのガス3団体が2005年10月に立ち上げた日本ガス体エネルギー普及促進協議会(コラボ)が中心となって、2006年6月に設立した。「人々の豊かで潤いのある暮らし」の実現を基本方針に掲げ、(1)政策提言(2)情報発信(3)環境貢献―活動に取り組んでいる。
(1)の政策提言では、最新のガス機器により快適で安全・安心、環境性にも優れた「ウィズガス住宅」を提唱する。
(2)の情報発信では、「人々の豊かで潤いのある暮らし」に関連する時流に沿ったテーマ・取り組みをイベントを通じて発信。今年度は「暮らしの未来シンポジウム2023」を開いた。また、国土交通省が推進し、住宅生産団体連合会が取り組む住生活月間中央イベントにも出展した。
(3)の環境貢献では、ベターリビングが主催する「ブルー&グリーンプロジェクト」に協賛する。この取り組みは「BL―bsガス給湯・暖房機」に認定されたエコジョーズ、エネファーム、エコウィルの出荷1台につき1本をベトナムに植樹し、高効率機器の普及と植樹によるダブルの温室効果ガス削減を図る活動として2006年6月にスタート。2014年からは東日本大震災で津波被害のあった岩手県陸前高田市の名勝「高田松原」の再生支援事業に着手。約1万本の植樹を2021年5月に完了、2022年4月にはプロジェクト参加企業などから約60人が参加し、植樹後初となる枝打ち作業を行った。引き続き植樹活動等を継続するとともに高効率機器の普及拡大に努める。